生成AIについて、個人的に気になるのは、百年後の社会でそれが人間の寿命を超えた長期記憶を備えた存在となったときどうなるかということ。
今の生成AIはオンライン上にあるものしか「記憶」として用いないから、まだ子どもみたいなもの。私にとっては「所詮ネットのあとのもの」つまり「歴史を知らない」存在にしか映らない。
しかし百年後には、生まれた頃から生成AI(の発展形の何か)があって、親や祖父母もそれと親しく会話してきた、という世代が出現している。
ただでさえ人は、建物でも植物でも、自分の寿命を超えて存在しているものに畏怖の感情を抱きやすい。そこに未来のAIが圧倒的な知識量で話しかけてきたらどうなるか
一方で、人はしばしば、圧倒的な知識量や長い歴史的経緯を踏まえた話をうまく理解出来ない。ポピュリストが人気を得るのは、子どもでもよく理解できるレベルに単純化された話をするからで、それは同時に、危機を回避してきた経験豊富な政治家の話を大半の人が理解出来ないということでもある。学問となるともっとこれは顕著で、既にイーロン・マスクは自分の気に入らない歴史観をAIが吐くのが許せなくなっている。
つまり、多くの人間は人間並みに視野が狭く、情報量の少ない話を求める習性がある。この環境でAIは素直に学習していけるのだろうか、という疑問も出てくる。
ある数学の問いにAIがオリジナルな解答を出したのを見て、近い将来にはAIが理論研究の枢要な部分を行ってしまいそうだと落胆している数学者の呟きを見たが、問題は問う人がいないとそもそも答えが生まれないということだ。そして現時点では数学者でないと問えない問いがある。
「AIがやってくれるから〇〇はいらない」を言う人は、基本的に「問いの意味すら分からない人」である。そういう人だけになるとAIも答えを返さなくなるので、宝の持ち腐れになる。
ただ一方で、AIがあまりにもその知識量を披露しすぎると、イーロンのような人のお気持ちを刺激してしまう。難しいところだ。
Jan 15, 2026 07:40