職業人生を通して、ずーっとテック業界を追いかけてきた。
デジタルテクノロジーは世界を良くする。インターネットとオープンソースソフトウェアは世界の公共財。ムーアの法則は楽観的な未来予測を現実にする——そのように考えていた。
2010年代の半ば、楽観的な見方を変える必要を感じた。いらい、新しい思考とことばを求めて、あがき続けている。
ひとまずたどりついた思考が「ITと人権」。IT企業の社会的影響力が大きくなり、デジタルテクノロジーが人を害するケースが出てきた。技術とビジネスだけでなく、人権を考える責任が出てきた。
残念なことだが、シリコンバレーはまったく別の結論を見いだした。
(続く
さいきん、ビル・ゲイツは、シリコンバレーの右傾化と、SNS上の偽情報・憎悪言説の増加の2点は想定外だった、と語っている。合理主義、楽観主義を通してきたビル・ゲイツからもそう見えている。
背後には、株主資本主義と社会全体の厚生がもはや両立しない現実がある。
インターネット普及率が世界人口の半分を超え、ムーアの法則も減速したいま、シェアも規模も大きすぎるシリコンバレー流のビッグテックは以前のスピードでは成長できない。
だが、ビッグテックの経営者たちは、「社会と協調する倫理的な資本主義」という考え方を受け入れることができなかった。
Feb 7, 2025 19:21結局のところ、シリコンバレーの経営者たちは、技術とビジネス上の合理性で突っ走る思考から脱却できていない。急成長するようプログラミングされた株主資本主義は自走し、協調を求める社会をいまや敵視するようになった。
テック投資家マーク・アンドリーセンは「民主党政権は自分達を殺そうとした」と話す。連続起業家で世界一の富豪であるイーロン・マスクはあらゆる規制、規範を公然と嘲笑する。
かれらは、21世紀になってから登場した新しいアイデア、社会との協調や環境・社会・人権を考慮した経営——ステークホルダー資本主義、ESG、SDGs、ビジネスと人権といった新しいフレームワークを理解することができなかった。
Facebookを創業したマーク・ザッカーバーグや、Twitterを買収したイーロン・マスクらは、もはや「SNSのヘイトスピーチ対策が自分達の責任である」とは考えていない。
彼らは、人権の達成度向上、社会の進歩というフレームワークを理解することを拒否した。すなわち、進歩派ではなく、"保守派"と呼ばれる反動主義に付くことを選んだ。社会的責任を認めず、「企業は社会を考えず利益だけを追求せよ」というフリードマンの古くさい考え方を選んだ。
デジタルテクノロジーそのものが悪である訳ではない。だが、テック企業が長年にわたり置かれていた特権的な経済環境が、かれら怪物を生み出した。
ここから先は、あまり楽しくない世界になる。
まず「技術が世界を変える」楽観論が通用しなくなる。理由は、ムーアの法則の減速、インターネット普及率向上、ビッグテックのシェアの大きさ。じっさい、GoogleやFacebookの後で彼らを越えるテック企業は登場していない。
テック企業経営者たちも「思うようにいかない」と感じているはずである。ザッカーバーグは次の一手を求めて決済、VR、AIと巨額投資を繰り返す。ビッグテック各社がAIデータセンターに巨額投資をするのは、他に急成長のネタが見つからないからだ。だがリターンは不確実である。
世界はすでに減速している。彼らはそのことを認めたくない。
私の個人的な意見では、デジタルテクノロジー業界は、製鉄、建設、自動車、航空機、電機といったより古い業界のように、社会と協調した穏やかな成長を目指す段階に入った。検索エンジンもSNSもネット広告も、人々を害さないような形により洗練させ、穏やかに成長できる余地はあるはずである。例えばEUの法規制はそれを求める内容だ。
だがビッグテック経営者たちは、こうした考え方を拒否する。
いままでさんざん持ち上げられてきたので、新しい思考を受け入れられないのだ。「自分たちのビジネスが人々を害している」という批判を受け入れられない。
この構図をまず認識すること。認識を共有すること。それが私の当面の目標だ。
追記:
ビッグテック経営者はもとより、いわゆる「テック・ブロ」と呼ばれる人々は、「技術とスタートアップ経営を身につけた自分たちは一般人よりもよく分かっている」という意識を持っている。どの分野でも、専門家とはそのような考え方をするだろう。
問題は、その信念を専門外の分野に向けてしまうことだ。
このような思考のバグを付いて、新反動主義、加速主義、「暗黒啓蒙」などと呼ばれる怪しい信念体系が広がった。ピーター・ティールやマーク・アンドリーセンはこうした怪しい信念体系を信奉しているし、イーロン・マスクも同類である。
(続く
私の意見では、英語圏のテック・ブロ(テック野郎)たちには思想上の脆弱性があり、そこを突かれて怪しい信念体系に占拠されてしまったのである
残念なことに、英語圏では大陸ヨーロッパの倫理学(特にカント)が不人気である。人権のアイデアも、英語圏の哲学者の間では不人気である(ロールズでさえ人権のアイデアをうまく咀嚼できていない)。
21世紀に入り、国連機関や世界経済フォーラムやEUらが到達した「人権、倫理を基盤に企業と社会を協調させていく」という思想は、英語圏の経営者らからは奇異に、空想的に見えてしまった。
これは悲劇的なすれ違いだと考えている。
さらに追記:
テック野郎やテック富豪たちの怪しい信念体系が、どれくらいヤバいかを少し補足しておきます。
本になっている「暗黒啓蒙」を例にとると「自由と民主主義は両立しない」「平等など虚構だ」と考えます。これ以外にも、新反動主義とはだいたいこういう言説を唱えます。個人の自由の最大化、企業活動の自由の最大化を求めるいっぽう、民主的な社会合意プロセスを軽蔑する。一言でいえば、現代の社会の基本設計を嘲笑して引っ繰り返す反社会的な思想といえます。
テック野郎たちはこの種の思考の罠(差別思想の変形バージョン)にまんまとひっかかったのです。