- よい記事。 家族と歴史の話であり、歴史だけでは拾いきれない抱え込んだ気持ちの話であり、多分今、戦争と歴史の話をしようとして一番ないがしろにされている部分の話だった。 山田風太郎の戦中派不戦日記45年12月24日の記述と、橋本治の解説文を思い出しもする。 news.yahoo.co.jp/expert/artic...
- 風太郎の「戦中派不戦日記」、12月24日の記述に 「敗戦して、自由の時代が来た、と狂喜しているいわゆる文化人たちは、彼らがなんと理屈をこねようと、本人は『死なずにすんだ』というきわめて単純な歓喜に過ぎない」というくだりがある。 橋本治は解説で「私たちは40年間、その“単純な歓喜”の延長線上に生きているのである」と書く。その通りである。 今回の徐さんのお義父さんの文章とも繋がるものがある。 もちろん日本の戦争と朝鮮戦争を同一には語れないが、こうして重なる部分もある。 ハン・ガンのノーベル賞受賞時のスピーチと対を為す文章とも言える。Jan 3, 2026 04:38
- 「解放80年に、どんな大きな意味があるというのか。 国家と社会が人権を少し回復してくれたからと、死んだ人が生き返る訳でもなく、その直系家族の血の滲むような人生が回復するものでもない。犠牲者は犠牲者として残ったままだ」 年の暮れ、年の初めに読んでおくべき記事だと思います。